【悔しいから着物👘着てみました】

頑張ったかいがあって見た目は

普通っぽく見えます。

でもね、実際は、肩は回せない。高くは上がらない。

肘は、伸びきらない。

5本の指は自由に動くが手首は

回らない。

それでも、家事は少しずつ楽になっていた。

ある日友人が着物を着てお見舞いに来てくれた。

一緒に受けるはずだった

着付け資格試験直前に腕を骨折し

病気が分かり

紆余曲折があり………

やっと、ここまでにたどり着いた私。

勿論友人は、試験を受けられた。

彼女は、私よりずーっと下手だった。(ゴメン❗️)

今は、私の代わりに先生の

助手のようなことをさせて

貰っていると。

嬉しい気持ち分かるよ‼️

楽しく話しができて嬉しかったよ‼️

楽しかったんだよ本当に…

だけど、なんだろう………

帰ったあと、なんだか長〜いため😮‍💨

嬉しかったんだよ本当に…

だけど、なんだろうこの

モヤモヤ感………

私なら、試験受けられなかった友人のお見舞いに

着物は着て行かないよ⁉️

そんな事思う私は、心が狭い😭

翌日

着物を引っ張り出して着て見た。

だらしない着付けに涙が止まらなかった。

悔しかった。

情けなかった。

人はなんと贅沢なんでしょう!

右腕を切り落とさなくても良かったことを

喜んだことも忘れて

健常者に負けたくないと思ってしまう。

自分の弱さを認めたくない。

喉ぼと過ぎればナンとやらです。😅

贅沢は言ってはいけない。

言い聞かせても

涙が止まらない。

今は頑張って練習をし、着られるようになりました。

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【通院になりました♪】

指は🤌5本全部動きます。

ただ、肝心の肘が最悪です。

そりゃそですよねぇ

肘を折ったのですから。

肩も少し上がるようになった頃。

「通院にしてみようか?」

通院とは言っても病院は近所ではない、

汽車(昭和です)で1時間チョットの街です。

何時迄も義姉に子供を、頼めるわけにはいきません。

子供の声が聞きたくて電話すると、決まって最後には、

「後どれくらいで退院なの?」

迷惑をかけていることは重々分かっていても

自分の思うようにはいかない。(⌒-⌒; )

「中指が🖕がオデコに付いたら通院にしてあげるよ❗️」の言葉を、

勇気に変えて、暇さえあれば訓練しました。

その頃には、朝から眠りこける事は、なくなっていました。

ある日、

先生に呼ばれると👨‍🏫

見知らぬ男性が、メジャーを持って立っていました。

「おめでとうございます」

ニコニコと挨拶。

「これから、装具を作るよ❗️

間も無く通院できる所まで頑張ったからネ‼️」

腕に金具と皮でできた物々しい装具が完成した。

週4日。

子供を連れての通院。

それはそれで、大変だった。

途端に、家事全般と通院なのです。

またしても、汽車に乗ると

爆睡の状態に。

でも、

子供と居られることに👶幸せを

感じていました。

歳の離れた兄が、実家に帰省した折

「なんでそんなことになったんだよ!」

ひとりで奮闘している私を見て(夫)に憤慨していた。

でも、兄が言ったからといって、夫が変わるわけではないことは、

分かっているので。

「辛くなったら、無理しないで子供と一緒に家に来い!」

この言葉、

どんなに私を勇気付けてくれたことか。

ここでも私は、言葉の大切さを知ることとなりました。

いざという時、逃げ込める場所があることは、

大きな勇気になることを。

この兄は、東京で工場を経営していた。

蛇口にレバーを付けてくれた。

このレバー。今は普通ですがその頃は、珍しかったのです。

私にとっては、画期的で嬉しく感謝でした。

「こんな物、手がぶつかって邪魔だ!」

兄が帰った後外してしまった夫。

実は、蛇口を回すのが一番辛かったのです。

肘にひびくのです。

それを、誰に嘆くでもなく、じっと耐えた。

『この方が訓練になるんだ!』と、

自分に言い聞かせた。

【言霊  言葉の力】

(始めに訂正)  付近=布巾です😅

上半身ギブスって、

結構大変!

腕を落とさなくても良かったことにひとまず安心。

ひとまずです。

「付くかどうかギブスで固めてみようネ!」

だったからです。

2ヶ月半が過ぎた頃

病院へ。

ドキドキ‼️

「あぁ〜何とか付いたようだね❗️良かった〜」

先生も半信半疑だったようでした。

何しろ、腫瘍の範囲が広いので脆いのです。

リハビリの病院を紹介された。

その医者は👨‍⚕️

チラッとレントゲンを見て

「あのねーこれ、リハビリしても無理だね❗️此処から落としますね〜」

私の右肩に手を置きながら。

まるで、大根でも切り落とすかのように軽い声で言った。

『⁉️』ハイ‼️

2ヶ月半耐え、付いたと喜んだのも束の間。

奈落の底に突き落とされた。

泣きながら、

もう一度、大学病院の先生に相談すると答える私に

「此処の病院はね、温泉もあるし♨️リハビリには最適の病院なの。

でもね、誰でも良くなるわけじゃないのよ❗️治る人、努力しても元に戻らない人、長年見てきたからわかるんだよね。あんたの場合無駄よ❗️さっさと諦めて次のこと考えた方が良いよ‼️」

こんな言い方ありますか⁉️

医者でしょ‼️

若い(私27歳)女性が小さい子供抱えて

DVの夫がいて(今、それは関係ないけど😅)

外科の腕の前に、人間としてどうなの⁉️

そう思いませんか?  そんな経験ありませんか?

泣きながら家に戻る道すがら

車を運転する夫は終始無言。

「そんな酷いこと言ったのか❗️温泉付だから良いと思ったんだけどなぁ」

「違う病院紹介するね。この先生は、優しいから大丈夫だよ」

また、同じこと言われたら………

先生の顔を見られなかった。

じっくりレントゲン写真を見てからゆっくり

私の方に向き直り

スッと私の手を取り

「痛かったねぇ…頑張ったね❗️」

「しばらく入院してもらうことになるよ!子供の為にも、

一緒に頑張ろうね!」

私は、この言葉を聞いて、もうすでに治った気持ちでした。

この一連の出来事で私は、言葉の大切さを学びました。

“エンジェルママの玉手箱” を立ち上げるきっかけとなりました。

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【左手だけで】

上半身ギブスで固められ、家に戻された。

これぐらいの事では

大学病院は、入院などさせてくれない。

生暖かいギブスのまま夫が運転する車に🚗

ギブスが、段々固まってくるのが

わかった。

と同時に、寒くなってきた。

家に着くなり、夫は部屋中の窓を開け放す。

留守にしていたから、空気を入れ替えると。

さむいってば〜❗️

ギブスの上に何を羽織っても

暖かくならない。

だって中は空洞。

モロに風が入ってくる。

タオルを押し込んで見た。

全然暖かくならない。

「寒いから😵締めて」

返事をしない。

『なんだ‼️この人は⁉️ 』

意地悪をしているとしか思えない。

腕を落とされなかったことを

喜ぶ風もない。

翌日、義姉が息子を連れて来た。

「じゃーね!」置いて帰った。

「時間になると、絵本を持って布団に

入って寝たし、いい子だったよ〜」

その日から、三日間。

“オネショ” をした。

今まで、そんな失敗したことがなかった。

子供心に、気をつかっていたのだろう………

翌日から、左手だけの生活になった。

今でも、左手で字も書けるし、箸も使える。

剃刀で顔の産毛だって剃れる。

付近を絞るのは、蛇口に巻いて絞る。

洗濯物は、4歳の息子が

『パタパタ』と広げて渡してくれた。

【義祖母預かる】

書き忘れていました。

姑が亡くなってから

義祖母のボケが進んできた。

近くに住む娘達は、

ボケた母のことは、見てみないふり。

挙句の果てに「家のことは、本家の嫁がやるのが当たり前」

『エッ! 私のことですか?』

聞き違いではなかった。

自分達の母親はボケてしまったら

必要ないらしい。

それまでは、しょっ中来ては、

お米や野菜を貰っていたという。

2歳にならない手のかかる子供が居る

私に、どうやって見れというのか?

なのに、

狭い我が家で一緒に暮らす羽目に。

突然、見覚えのない家に連れてこられた義祖母は、

不安を隠せない。

そりゃそうですよネ〜

今から思えば気の毒ですが。

家に帰ると言っては、外に出かけてしまう。

子供をおんぶして、後を追う。

徘徊する老人は、老人とは、

思えない速さで歩くのです。

私の日中の義祖母との格闘(笑)を夫

は知りません。

居ないのですから仕方がないのですが。

想像すらしません。

異常なヤキモチやきの夫は、

何処も出かけられない私を見て

ほくそ笑んで居るようでした。

時々、我が家に様子を見にやってくる舅が

「○さんにばかり悪いなぁ」

『………お風呂に連れて行くのが大変です」

子供に着替えをしているうちに、

外に出てしまうのです。

知り合いが、見張ってくれることも。

ということで、

実家に私たち家族が住み

面倒見ることに(何でそうなるの‼️)

夫が、汽車で職場に通うことに。

隣の家まで30分もかかる田舎にです。

一緒に暮らすことに。(⌒-⌒; )

暫くそんな生活が続いた。

徘徊は、進む一方でした。

もう私は、探しません。

いつも、誰かに連れられて帰ってきます。

テレビだけが唯一の楽しみな息子。

幼児番組を観ていた。

テレビが消えたと泣いて

台所に居る私に駆け寄る。

「いじっちゃダメよ。ここに座って」

またまた消えたと泣いてくる。

「触っちゃダメよ」

何処を触ってしまうのかと

見ていたら、

犯人は義祖母だった。

「おばぁちゃん! 切らないで❗️◯ちゃん見てるでしょ!」

返ってきた言葉に唖然。

「勿体ない❗️電気代かかる。

電気代は父さん(舅)が払うんじゃ‼️」

誰の為にここに居ると思ってんだよ‼️

こんな田舎に!

怒鳴りたい気持ちをグッと堪えた。

相手は、ボケ老人。

姑からよく聞かされていた。

義祖母の意地悪。

そのうち、義祖母が出血が止まらないらしいと

近くに暮らす義叔母が言ってきた。

「○さん❗️ばぁちゃんに何したの⁉️」

「ハイ❓ 何がですか?」

「下着が汚れているの気が付かなかったの⁉️」

「お風呂は自分で入りますし、下着は自分で洗うからと言って洗濯には出しませんでしたから気が付きませんでした」

「本当に何の役にも立たない嫁さんだこと❗️」

「夫ちゃん!も大変だねぇ ◯さん綺麗だから夫ちゃん騙されてしまったんでしょ」

義叔母たちの会話だ。

帰宅した夫に、その出来事を話し

面倒見ることを拒否した。

舅は、病院に連れて行き相談。。。。

『子宮脱』手術は無理らしかった。

そのまま入院。

解放された。

そんなことがあっての

右腕骨折でした。

今日も読んで頂きありがとうございました😊

【腕に異変が】

おっぱいを飲ませている時から

右腕関節辺りが痛かった。

動かさなければ、逆に良くないよ!

なんて、素人考えを言ってくる人の

話を間に受けて

頑張って拭き掃除なんかしていた。

子供が👶4歳になった頃。

腕の痛みも和らいでいたが、

なんとなく違和感があった。

ある日、

少し高い所に上がる時

珍しく夫が手をかしてくれて

引っ張ってくれた

その瞬間

『バギ‼️』鈍い音がした。

「痛ーーーーい!」

目の前が暗くなっていった。

夫の顔が、だんだんと小さくなっていくのがわかった。

まるで、スローモーションを見ているかのように

気を失った。

街の整骨院に。

「あー綺麗に折れちゃっているね!」

板で固定して、静かにしていれば良いという。

自宅に戻っても🏠一向に痛みは消えない。

翌日、隣町の総合病院に行った。

レントゲンの結果。

「骨が変だね🦴」

折れて重なった部分を引っ張れないということで

肘に砂袋を付けて、重みで真っ直ぐにしょうと

何とも原始的な方法です。

その日から、横になれず座ったまま寝ることに。

息子は夫の姉が預かってくれた。

2週間、進展が見られないと

「大学病院に紹介状書くのでこれを持って行ってください」と。

翌日、迎えを待っていると、看護婦が

「右手が一本無くなったって、子供には母親が必要なんだよ❗️」

「変なこと考えるんじゃないヨ!」

どうなるんだろうと不安でいっぱいの患者に

かける言葉ではない!

励ますつもりだろうが

ひとり病室で泣いた。

【男子誕生】

姉が住んでいる街で出産した。

元気な男の子だった。

初めてに子育て。

寝る暇がない。

赤ちゃんには4時間おきに飲ませるというミルクを

2時間おきに、火がついたように泣いて

病院では笑われていたほどの飲みっぷり。

母乳だけでは足りずミルクも。

この頃から右腕が痛かった。

抱っこし過ぎかなぁ

でも、泣くし。

毎日寝不足で色んなことが

考えられなくなっていた。

離婚の話も何処かに押しやられた。

子供は可愛い、👶

父親のいない子供にするわけにはいかない。

女将さんが言った

「母は強しだ」を思い出していた。

頑張らねば!

何を頑張るのか😤分からないが

必死だった。

私の目の黒いうちは◯さんを泣かせるようなことはさせない。

そう言った姑は、

子供が1歳7ヶ月の時に、くも膜下で、

呆気なく逝った。

【結局………】

ここで普通は、離婚だよね!

その頃の私は、実家にも戻れない。

兄姉にも頼れない。

親友にも打ち明けられない。

八方塞がりでした。

この世から消えてしまいたいと思いました。

駅前の小さな旅館。

女将が、「満室だけど家で使っている部屋で良かったら………」

何日も寝ていなかった。

ゆっくり横になりたかった。

玄関横の洗濯物を干して有る部屋だった。

直ぐに布団を敷いてくれた。

見た目でわかったのかも。

夕方まで眠った。

途中の薬局で睡眠薬を買ってあった。

目が覚めると食事が用意されいて、

布巾が掛けられていた。

女将は、何度も見にきてくれたらしい。

満室って嘘だと分かった。

人の出入りが殆どない。

他の部屋から一言も声が聞こえない…

夫に手紙を書いた📧

お風呂に入り深夜になるのを待ちました。

薬を💊飲もうとすると、

お腹が “ギュンギュン” 激しく動く。

ヨシヨシ!ゆっくり撫でる。

気を取り直して薬に💊手を………

“ギュン❗️ギュン”

激しく動く。

お腹を撫でながら横になった。

秋の肌寒い夜だった。

旅館の浴衣ではなく自分の服に

着替えていた。

女将さんが何度も出入りする。

浴衣を干してあるので

見にきているのだと思っていた。

浴衣に着替えていないのをみて

「寒いでしょ!」ポータブルストーブを付けてくれた。

暫くすると、「温ったまるよ!」

ココアを持ってきてくれる。

「何月に産まれるの?」「楽しみだね!」

夜中にも関わらず話してくれる。

やっと着替えて休むことに。

眠られない。

静かになったのを確かめ

薬💊を手にした。

すると “ギューン !ギューン“ 

激しく動いた。

今までおとなしかったのに…

”ハッ❗️“ と我にかえった。

この子は、「死にたくないよ❗️ 」と言っているのだ。

始めて、『離婚』 のふた文字が

リアルに思い描けた。

旅館を去る時、女将さんが「母親になると言うことは

色んな事を乗り越えた先に、今まで感じたことのない喜びを、

子供は与えてくれる。」そう言った。

「母は強しだ❗️」手を握って励ましてくれた。

ヤッパリ気づいていたのだ最初から。

仲を取り持ってくれたご夫婦と、夫の義母を入れて

話した。

産まれたら離婚します❗️と宣言した。

晴天の霹靂。

義母が手をついて謝った。

イヤイヤ❗️ 謝るの貴方ではありません‼️

夫は、女に手紙を書かされた。

「私の目の黒いうちは〇〇さんを泣かせるようなことは

絶対させないから、離婚だけは、どうか思い留まってほしい」

ソリャ、初めての内孫。

楽しみで仕方ない様子が今までもみて知っていた。

明確な返事はせずに、見た目は今までと同じ生活を………

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主婦歴50年の私が、貴女の悩み聞きます。

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私の棚卸しの続きです。

【八方塞がり】

普通の身体ではない。

普通の思考が働かないのですよ。

妊娠期間中は。

ただでさえ不安な生活なのに

束の間の幸せは

音を立てて崩れていきました。

誰にも相談できません。

勿論。親友にも…

だって、ずーっと幸せな奥さん

演じていたんだよ!

見栄⁉️

そう❗️ 見栄です。

そんなもの〜と思うでしょう。

そんなものに、しがみつかなきゃ

自分を保てなかったの。

夜中、そーっと起きて

外に出ました。

寝ていた犬のコロが

出てきて、力無くしっぽを振ります。

しゃがんで抱きしめ頭を撫で撫で。

言葉は出てきません。

涙をペロペロ舐めてくれました。

歩き出すと

『く〜んんん』なんともへんな鳴き方

振り返り手を振った。

すると、激しく回りを走り回って

繋がれているひもを思いっきり

引っ張っています。

辛くなり、小走りにその場を立ち去って

駅に向かった。

いつもは、吠えない犬が🐕

遠吠えのように切なく泣いた。

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