チェンマイ大学

昨日は、チェンマイ大学人文学科でインタビューを受けた。

日本研究センターがあり、その前には、練習した日本語を書いた文字がペタペタと貼ってあった。七夕飾り🎋に願いを込めて書いた短冊が、手作りらしい風鈴にぶら下がっていた。鈴では無くプラシックのビーズらしい物を使用しているので、音は涼やかには、ほど遠いが、雰囲気だけは伝わってきました。

一生懸命に作ったであろう姿が目に浮かびます。

センターの中には図書館が有り、手前には漫画がビッシリと並んでいた。

日本のアニメの人気がここでも感じられた。

奥には、専門書や歴史本、流行作家の本と所狭しと置かれていた。

外部者もカードを作れば自由に借りられるという。

チェンマイで一番大きい大学だが、案外セキュリティーも緩く、大丈夫なのだろうかと心配になる。

そうそう!

3年ほど前になるが、大学生にタイ語を習いに行っていたが、ある日突然、

大学に入る道路も、門の前にも守衛さんが2、3人立ってチエックが厳しくなってビックリした事があった🤭それは、○国人が大学を見学に来て授業中にも関わらず教室に勝手に入り写真を撮るらしく、先生が注意をしても聞かなかったという。

次々と人が入って来て授業が出来ない事もしょっちゅうで、取った策が○国人を入れないことにしたのだという。

免許証を見せて、許可を貰って入れて貰っていた。

今は、コロナの影響もあり閑散としていた。

インタビューは、『ロングステイに何故チェンマイを選んだのか』『介護はどのようにしたか』など聞かれた。

答えは、簡単。気候の良いことと、治安が良いこと。物価が安いことが理由。

その他は、皆さんそれぞれに、理由は有るだろうが、私は、義母が “ここで暮らせたらいいネぇ” なんて言ったので、老い先短いであろう義母の願いを叶えてあげるのも嫁の務めかなぁと。

海外で暮らすことには抵抗があったが、2、3年の辛抱。と3人それぞれ思ってやって来たのだった。

身体が大変になったら帰国して、老人ホームでもホームヘルパーさんを頼み自宅で面倒見ようと思っていた。

日本とチェンマイを4回往復し、5年間のビザも更新し、最後をここで迎えることになろうとは、当初は誰一人思っていなかった。

100歳になった時 “死んでもつまらないから死なない”と言っていた程、ここでの暮らしに満足して逝った。

最後は夫と二人で看取りたいと、その願いは叶った。

二人でオムツを替え、ヨダレを拭いてあげた。それが最後の親孝行になった。

大好きなマンゴーを死ぬまで食べた。

幸せな最後だったのでは…と、今は思えるようになった。

お義母さんのお陰で、ここで出来た友人は一生の宝物になりましたし、日本では経験出来ないことを、沢山させて戴きました。

お義母さん❗️ありがとうございます❣️

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中