オーガニック化粧品

上の写真は、モロッコだけで産出される、高い洗浄力と保湿成分を持つ “クレイ、ガスール”が

原料です。モロッコの水は、硬水なので石鹸も泡がたたないらしいのですが、この土には肌に良いマグネシウムやミネラルが豊富で肌に透明感を与えてくれるそうです。

モロッコの女性は、この土を水で溶かして、身体を洗うそうです。

日本女性が社長で、日本人スタッフも2名。後はタイ人を使って製造販売されているそうです。

使って見ましたが、スベスベになり、洗顔の後のツッパリ感は無いです。

下の写真は、竹細工をしている所ですが、この、細やかな製造方法をする人が、90歳のお爺さん1人になってしまったとの事で

何とか、継承させたいと、女性たちに習いに行かせ、今は自分たちで出来る様になったとのこと。

オーガニックコットンを使った刺繍もしていました。

全て、自然の物を使い、果物🍊野菜を作って食べているそうです。

スタッフの子供が学校からスクールバスで🚌帰ってくると、お母さんの仕事が終わるまで

広い敷地で遊んで待っています。

とても、アットホームな職場でした。

タイで日本女性が🇯🇵頑張っている姿に感動さえ覚えました。

耳掃除

これは、8年前の出来事です。

TVの音が随分高いなぁと気になっていたが、隣の犬の鳴き声で、時々聞こえないことがあるので、高くしているのかと、注意はしなかった。

呼んでもすぐに反応が無かったり「歳も歳出し仕方がないよね」と話していた。

ある日、マッチの棒で耳を掻いていた。「お義母さん、耳痒いんですか?👂」「そうなの、掻き出そうと思っているんだけどね、ここのマッチの棒短いし、すぐに折れるのよ」確かに、停電の時マッチを買って来たが、持つ所が、紙をチョット厚くした程度で、オマケに短い。マッチとしても使いづらいマッチだったが………「お義母さん!マッチの棒で耳垢取ろうとしてたんですか?」

怖くて『耳掻き』を使ったことがないという。「昔から、マッチの棒で、新聞紙を敷いて、入り口付近にあるのを、掻き出して落とすの。余り詰まって病院に行った事もあるの!」

見てみると、これは聞こえないはず。ビッシリ詰まっていた。

子供の耳掻きをした時のように、私が座った窪みに義母の頭をのせて、始めた。耳掻き大好きな私の腕がなる。

隙間がない程に詰まった垢を縁の方から静かに剥がしていった。砕いて取るのは簡単だが、醍醐味が半減する。

こんなの見た事無いと思うほど大きな垢を静かにチッシュにのせて見せた。「あら〜よくこんなデッカいのが入っていたわね」本人もびっくりしてやさしく包んで、「◯息子に見せよう!」耳垢見せられてもなぁ…と思ったが、まっ! そこは親子。気にすむように。逆の耳も👂ひかず劣らず。チッシュにまとめ大事に持っていた。

残りの細かい部分や縁をやさしく撫でいたら「上手ずだね〜気持ちいい!気持ちいい」を連発。その内、声が途切れ途切れになり、しまいには、寝息が聞こえて来た。

気持ちが良いのは分かりますがお義母さん。足が痺れてきました。足を動かすと「本当に上手だね〜き、も、ち、………」

しばらく我慢していたが、足がすでに感覚がなくなってきた。「お義母さん終わりましたよー」耳元で囁いた。「アラ〜ありがとう❣️気持ちよかった」ヨッコラショと起き上がった。

その時、息子に見せると大事に持っていたチッシュの包みを “ぎゅっと”握りしめた。

広げて見ると、ポテトチップスを食べ終えた袋の、そこにわびしく残っているカスのような無残な姿に。

「コレを見せられてもねぇ」という事で話だけになってしまった。夕食どきの話題には相応しくなかったが、興奮して教える義母に、夫は「…ふーん」「時々、見て取ってやってくれ!」

今思い返しても、笑える。足の痺れも懐かしい。

あれから、8年もたったんだねぇ…お義母さん。

 

あれから一週間が過ぎた。

胃の痛みは、徐々に下の方に移動。

翌日には、熱は37度まで下がった。理由が分からない痛みは不安しかない。

良からぬ事ばかりが、頭をよぎる。

今、私が入院する事になったら、この家はどうなる。

まさか、死ぬことはないかも知れないが、ないとも言い切れない。

死んだ後のことまで考える必要はないかも知れないが、直し掛けのスカートに針が刺さったままだったとか、どうでも良いことが気にかかる。

そんなこんなで、一週間がすぎた。

痛みは、右足の付け根まで下りて、縮まっている。

しぶとい奴め❗️

ですから、こうなったら、細菌と共存して生きる事にきめました。

大事にかわいがって、共存する事にきました。

楽しい1日の後には

義母も朝から機嫌が良い。

以前から誘われていた所へ、友人五人一台の車に乗って🚘出かけた。

途中、中華の美味しいランチに、銀細工の店などを回って、日本人が経営している、オーガニックの化粧品の製造元へ。

そのことは、改めて紹介すことにします。

女三人集まればかしましいと言われるのに、五人です。うるさいったりゃアラァシナイ。

帰宅すると

疲れたのか、胃が痛い!ランチに食べたものが悪かったのかなぁ

嫌な予感がした。今まで、食べ過ぎても胃が痛くなることがなかったが、

二度。胃が痛くなった後…全然違う病気が分かり、手術している。

私にとって、胃がいたくなるのは恐怖なのである。

胃薬を飲み早めに休んだ。

薬は効かず『痛い‼️ 痛い‼️』

「病院に行くか」夫が心配している。

痛さを堪え、腰を曲げながら義母の始末をして、兎に角静かに寝ることに。安定剤も飲んだ。

痛みが、段々と下の方に移動する。(昔、同じことがあって胆石と間違えられたことがあった。)実際は、卵巣脳腫だった。余計な検査をされているうちに破裂寸前で、助かった。

何とか朝を迎え、😵フラフラする体で義母の事をすませ、何も食べずに寝た。念のため夏を計ると38度5分。フラフラするはずだ。

「菌と戦っているんだから熱さましは飲むな❗️」という夫の勧めでポカリスエットのみで、二日間過ごした。

痛みは、足に付け根の方まで下りて来た。

今は37度まで下がった。食欲はないが、煮込みうどんを食べた。

何だったんだろう❗️

一日義母を置いて遊び歩いたから?

仔象。ここはヤッパリタイ国

8年前の出来事だが、

義母と買い物の帰り、ハイウェイから側道に曲がり我が家への道に入る。

少し行くと、トラックが前に止まっていた。何と、仔象が乗っている。

「象ですよ! お義母さん!ヤッパリここはタイなのですねー」少し離れた所から、感心して見ていた。

トラックの後ろを外し二枚の板を立て掛けた。

「まさか、象が🐘下りてくるんじゃないですよね」

でも、下りて来た。バックで慣れた足取りでゆっくりと下りてくる。仔象といっても傍で見ると結構デカく感じる。

足に鎖が付いている様子はない。

象が下りると、板を元に戻し運転手は走り去っていった。

おじさんは、細くて長い枝のような棒を1本持っているだけだ。

仔象のお尻をポンポンと叩くと、仔象はゆっくりと歩き出した。「ついて行って見ましょう‼️」好奇心旺盛な義母が嬉しそうにいう。「そうですね!

動物園以外で見ることなんか滅多に無いですもの」ゆっくりと歩く仔象の後ろを時速5キロkくらいで付いていくと、おじさんが気がつき、長い笹のような棒を半径に回し、「追い越して行け!」といっているらしい。

窓を開けて「私たちは象さんを見ていたいのです」なんのためらいもなく日本語で伝えた。

近づいて来たおじさん、怒るのかと思いきや「イープンカー(日本人か)」と聞く。「YES!ジャパニーズ!」「◯△◇#!※イープン」何を言っているのか分からないが、親戚の誰かが日本に行ったことがある。東京。京都。富士山はわかった。

こっちは気が気ではない、仔象がこっち向いて走って来たらどうしょう。

仔象は静かに立っていた。また、おじさんの竹でポンポンをお尻を叩かれて歩き出した。

暫く行くと小さな雑貨屋があり、仔象は鼻を中に入れると、バナナのふさを鼻で巻いて口に運んだ。いつものことなのか、雑貨屋のおばさんが出てきて鼻をやさしくさすった。

また歩き出すと、細い路地の方に入って行った。

おじさん振り向き、手をあげた。「ここまでだよ」と言われた気がして見送った。

はたと気がついた。『家はどっちだ』

取り敢えず、前に進み大きい道路が見つかればなんとかなる。

迷いながらも大きな道に出られた。ホッとしたのも束の間。ハイウエイは一方通行。ぐるりと回って、家路にたどり着く頃は夕闇が迫っていた。

興奮して夫に話していると、冷静に夫は、で、今日は なに食べるの。と。

「何も作る気にならない。だから今日は外食で良い?」

近くの中華屋に行った。

「タイに来てこんな経験そんなにないわよねー」

後から、友人に聞くと、今は、個人でそんなことは出来ないし、道を歩かせるなんて、法律で禁じられています。」という。

益々、ラッキーよね‼️

時々、そんな、思い出話ができていた。

今は、それも叶わない。

私は、お義母さんが忘れていても、その話をすることがある。

『なんのこと?」見たいな顔をされても、話す。

だって、お義母さん。楽しかったものあの頃。

元気になった義母!

あの、下剤騒ぎは何だったの? という程元に戻ったような義母。

妄想は相変わらずだが、元気な証拠と受け止めている。

元気がなくなると、『入院』の二文字が頭に浮かぶ。

最後まで、自宅で面倒を見たいという私たちの願いだが、さて。義母にとってはどうなんだろうかな。

昨日はシャワー浴びて🚿気持ち良いね〜ありがとう❣️

その言葉を聞くと、コレで良いのだ❗️

と2人で確信する。

時々、息子と一緒にいることを忘れているが、それでも良い。

最後まで、家族でいたい。

便秘

3日出なかったら、便秘薬を飲ませることに決めていた。

昨日、3日目、夜に飲ませたので、明日出たら良いな!ぐらいに考えていた。

で、今日の朝、もようするというので急いでオムツを外し便器に、頑張っているが、なかなか出そうもない。

本人も疲れて、「もう良いです」

意を決して、ゴム手袋をはめ、肛門を触って見た。ブツ?がそこにあり、指に触るのに、出れない。思い切って、指でかき出してみた。

「痛い!いたい❗️やめて!」

まるで虐められているかのように叫ぶ。

入り口付近にある、それは、痛がっても無理やりかき出した。

小さなボールの用なそれを、出すと少し楽になったようで、後は、自然に出るのを待とうということになりました。

朝食は、普段と同じに食べた義母。私からスプーンで食べさせて貰って。食欲は有る。私は、指に残るあの、感触が離れない。食べられない。

夫が、下剤をもう一錠飲ませた方が早く楽になるかも。飲ませた。

2時間後、ベットで「お腹が痛いいたいと」と泣きそう。お腹を摩りながら、「大丈夫だよー。傍にいるからね!きっと、ウンチが出たら楽になるよ。」お腹を摩りながら元気付けていた。急に「寒い寒い」と言い出した。冷房を止め、軽い布団を掛けた。“寒いって😵ここはタイ🇹🇭外は30度をゆうに超えているのだ。

下剤を飲ませたのが悪かったかなぁ

30分ほど摩りながら心配していたら、「なんだか出そうなんだけど」”あら!良かった”急いで、車椅子に👩‍🦼乗せトイレに🚽直行。

出ました出ました!

あぁあ!

安心しました。

今度から、二日に一錠飲ませるこことに決めた。

腸の働きも何時迄も同じと言うわけでは、無いのだから。

朝から、尾籠な話で申し訳ございません。

食事が出来なくなったら

義母が、つい最近だと思うが、「自分でご飯が食べられれなくなったら終わりだよね」確か、そう言っていた。

大きな口を開けて、私に食べさせて貰って、今日で4日目。

なんの違和感も持っていなそうだ。

先週の土曜日、ベットパットまで汚すまで、オシッコを何度もしても気付かず寝ていた。それ以来、なにかと、老いを感じさせる(以前から充分老いではあるが)出来事が起きている。

何が起きても、受け取めようと決めているが、この、寂しい気持ちはなんなのだろう。

“お義母さん❗️また2人で道に迷いながらドライブしたいね‼️”